逃走経路


 思うに、密室からの逃走経路が不自然なんです。
 岸野が6階のベランダから5階に逃げたという推理には、不自然な点が多々あります。


 純粋に自分ひとりでロープも使わずにベランダの外側を伝い降りるのは危険です。
 その危険を侵した上で、もし5階の住人がベランダに出ていたり、窓を覗いていたりしたら、この計画はオジャンです。
 事細かにシナリオを書いて、何度も練習したであろう計画的犯行で、ここだけが杜撰です。不自然ですよね。
 他に方法は無いものでしょうか。

道具を使って5階に逃げるケース

 岸野が5階に降りるとき、縄梯子かロープを使ったとする推理です。
 ただの命綱を装着しただけかもしれません。


 このケースなら、5階のベランダの状態に不都合が有る場合、途中で様子を見るか、一旦6階に戻ることが出来ます。
 5階の部屋を逃走経路に選ぶ限り、これが最善の方法でしょう。


 でも、難点があります。

  1. ロープ(なり縄梯子)を6回のベランダに括りつけたままでは、証拠を残してしまうこと。(実際には見つかっていない)
  2. 何らかの方法で5階からロープを外しても、6回の手すりにロープの残滓が残るし、ベランダの壁面に残った靴(下)跡も処分できないこと。(実際には見つかっていないっぽい)


 この二点をクリアする為には、6階に残った共犯者のサポートが不可欠です。
 具体的には、ベランダの鍵を閉めて密室を作り出した戸川の役目になります。
 他に、あのタイミングでベランダに出られる人はいませんでした。(白銀はビデオの撮影範囲から外れなかったし、町田は既に殺されていた)


 ここで、次の問題が発生します。

  1. 戸川の両手は町田の血で汚れていた。(ルミノール反応を避けて証拠隠滅するのは困難。手袋をはめる手があるが、戸川が使える時間は少なく、現実的でない)
  2. 手すりから外したロープ(縄梯子)をそのまま下に降ろすと5階のベランダの壁面に叩きつけられて大きな音がする。(更には、戸川の手から移った血痕が5階の壁面に付くかもしれない) これを避ける為の細工をするには、やはり時間が足りない。


 やはり、ずいぶんと綱渡りです。
 こんな台本を書く奴はヘボです。実際に誰かがサポートするとしたら、それは(手を汚していない)白銀の役目になるはずでした。彼女ならスムーズに処理できたはずです。付け加えるなら、ビデオから消えている時間帯がもう少し長くても、密室の観点から問題視されることは無かったでしょう。


 つまり、この台本は実際には使われなかったはずです。

何らかの方法で斜め下の部屋(502)に逃げるケース

 502に共犯者がいて、501や503から見咎められることの無い保証があったと仮定しても、移動方法やその後始末が困難です。601から502への移動の際は、階段室の窓の前を通ってしまう点も難関です。


 おそらく、岸野は5階へは逃げていません。

共犯者が道具を使って屋上に逃がすケース

 事件のあった部屋(601)は角部屋でしたので、下(501)でも斜め下(502)でも無ければ、上(屋上)か横(602)、にしか逃げ道はありません。


 屋上に新たな共犯者がいて、ロープで吊り上げるなりの方法で岸野の逃走を助けた可能性はあります。しかし、屋上は作品中に一切描写が無いので、検証不能です。これが真相だったらちゃぶ台返しです(笑)
 作中では語られませんが、警察が屋上を調べなかったはずが無いので、不信人物の移動も、壁面の靴跡も、ロープ痕も見つからなかったのでしょう、きっと。

共犯者が道具を使って602(隣の部屋)に逃がすケース

 残された逃走経路は602(隣の部屋)だけです。
 601と602の間には、階段室とエレベータホールが有り、ジャンプして届くような距離では有りません。
 602のベランダに共犯者がいて、ロープを伝わせるなり、(横向けに)梯子を架けるなりして、逃走をサポートしたはずです。
 602に共犯者がいない場合でも梯子を使えば岸野は602に移動できますが、そこから外に出る方法がありませんし、証拠物件である梯子も自力では処分できません。どうしてもサポーターが必要です。


 犯行のあった時間帯には、602の住人である馬岡が在室していました。共犯者がいるとすれば彼です。
 犯行後、岸野が601のベランダに現れたとき、602のベランダから梯子かロープを渡して彼を移動させ、証拠物件を回収したのです。
 鑑識の現場検証でベランダの手すりに新しい傷が見つかっていない(らしい)ことを考えれば、梯子ではなくロープが使われた可能性が高いですが、決定的とまではいえません。
 ロープを渡す必要があったなら、まずは細い紐の先にテニスボールでも括りつけて602から601に放り込み、細い紐に繋げたロープを岸野に回収させ、手すりを通して輪にする形で601から602にロープを戻すことにより、受け渡しが可能となります。ロープを回収する際は、輪の結び目を602側に引き込み、輪を解除して、幅広のナイロンテープを継ぎ足した上で輪を回収したのでしょう。幅広のナイロンテープなら、ベランダの壁面に叩きつけられる音を誰かに聞かれる心配が有りません。(ただし、若干の証拠が601のベランダに残りそうです)
 なお、601と602の間の階段室は、通常の窓やベランダとは異なる位置に窓が付いていますので、途中で目撃される可能性が低いのも利点です。


 602に逃げた岸野は、馬岡の誘導でタイミングを計り、マンションから逃亡します。残った馬岡は、証拠の品を601のドアの前から回収した箱に詰め、誰か(シリーズを通しての真犯人、の手下でしょう)に送ります。


 ドアの前の空箱は、密室を演出するだけでなく、犯行の証拠物件を運び出す為の小道具でもあったのです。多少、不自然ですが(笑)
 不自然と言えば、作中、馬岡が他人の部屋の前の段ボール箱を無断で回収している時点で不自然です。だから、おあいこ(^^;
 そう考えれば、段ボール箱のことを思い出そうともしない山吹を戸川や白金が誘導しなかったことにも、納得がいきます。(多少は)